ポケモンがなぜ人気なのか?どんぐり倶楽部の考え方で納得!外遊びの大切さ。

2018/12/19のNKHの朝のニュースで、日本のゲームの歴史を振り返る特集をしていました。
ストーリー、世界観、設定…世界を牽引してきた日本の歴代のゲーム。
海外のホラー映画の元になっているものも多いですね。
バイオハザード、サイレントヒル、呪怨もありましたかね。
ストーリー、登場人物に厚みがあり、そこに面白さがある日本のゲーム。
本当によく作られていると思います。

ポケモンの開発者がこんな感じのことを話していました(思い出して書いているので記憶違いもあるかもしれません)。

「子供のころに、野山を駆け回り、虫を捕まえた楽しさをゲームに込めた。捕まえた虫はどうするか?友達と交換するんです。だからゲーム内で交換できるシステムを6年がかりで考えた。自分の足や自転車で虫を探して遊んだあの楽しさをここに込めたんです。」

ポケモンがなぜ面白いのか、ロングセラーなのか。
ポケモンは私が小学生の頃にでました。
アニメの演出のフラッシュで失神する子がでる問題があり、放送が一時中止になる、なんてトラブルもあったりしたのに、こんなにも長い期間愛される理由、それがここにあったんだと理解しました。
(男子が「ポケモンゲットだぜ!」とうるさかったり、ポケモンカードの交換でもめたりしていたので、アニメが中止になったとき、さあ、これでポケモンも終わったな!と私は一人勝鬨をあげたものですが、いまだに人気とあらば、私はもう降参するほかありません)

どんぐり倶楽部では、某右脳系家庭教材の芸術教材を批判しています。
あの有名な絵画、ゴッホの「ひまわり」も、モネの「睡蓮」も、本物のひまわりや蓮を知っているからこそ描くことができたものです。
それを十分に味わう前に、さあ、これが芸術ですよ!とゴッホの「ひまわり」やモネの「睡蓮」を見せても意味がないというわけです。
・実体験が十分にあるんです、というならいいのかもしれません
・または、コンテンツを消費するだけの子どもを育てたいならそれでもいいかもしれません(実体験が伴わなくても、これが芸術でこれは素晴らしいのだと学ぶことはできるでしょう。自分で何かを創造する力は得られなくても………)

ポケモンもそうなんだと思いました。開発者は、自然で遊ぶ楽しさを知っている、実体験として持っている楽しい思い出をゲームに込めているんです。
だから、多くの人を魅了するような芸術品のように、多くの人を魅了するロングセラーゲームを生み出せたんです。

もちろん、面白いからといって、ゲームのコンテンツを消費したとしても「野山を駆け回り昆虫を捕まえる楽しさ」の実体験と同等ではありえません。
そのためには、現在の育児においては、どんぐり倶楽部も環境設定「ゲームの時間」は××分までをせざるを得ないのかもしれません。
また、今の環境では、親が放っておいても子ども同士で自然の中で遊びまわる、というのは難しいのが現状です。
外で遊ぶ、自然で遊ぶ、という機会をあえてつくらなければいけない環境になってしまいました。

しかし、コンテンツを消費することしかできない人生よりも、生み出すことができる人生のほうが、きっと楽しいはずです。(そして、下衆な話をさせてもらうなら、収入もよいはずです)
ポケモンを生み出した人は、野山を駆け回る実体験を持っていたからこそ、ポケモンを生み出せたのです。

Nenko
子どもに考える力を、生きる力を、人生を楽しむ力を、世の中に素晴らしいものを生み出す力を与えるために、どんぐり倶楽部を知ってもらいたいです。
そして、実体験のある子ども時代を過ごさせてあげてほしいなと、我が子にもそうしてあげたいと考えています。

 

(2019/2 一部加筆)

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