第二次世界大戦を経験した人の話

仕事柄、ご老人にお話しを聞く機会がありました。
貴重なお話だと思うので、備忘録として記録します。

●戦時中、中核都市に住んでいたおばあちゃん(3歳の長女、0歳の長男を育児中の当時20歳そこそこの女性 お嬢様育ち)
・長女が「おにぎりがほしい」と泣いていた。飴玉や甘いものならともかく、おにぎりだなんて、本当にひもじかったのねえ。(お嬢様育ちだった方なのでね 自身が子どもの頃は不自由なく育ったようです)
・床の下に穴を掘っていて、空襲が来たら穴の中に長男をいれるつもりだったの。
●終戦時、20歳そこそこの年齢だったおじいちゃん
・学生で(どこか)の工場に行っていた。船に乗りたいと海兵隊に入った。下関あたりで終戦を迎えた。地元に戻ってからは、海で塩を作っていた。モノが何もなくて全て自分で作っていた。
(朝ドラネタですが…「まんぷく」で、主人公のふくちゃんの夫が戦後、塩作りをしていますよね。)
●私の母方の祖母 終戦時20歳
・田舎なので空襲があったり、食べ物に困ったり、ということはなかったようです。近しい人が戦争で亡くなってもいないよう。
ただ、田舎で小屋や蔵があったので、町から出てきた人が小屋に疎開させてほしいと頼んできたことがあったそうです。
田舎の貧乏の家ですから(田舎なので家は広いけど…それに田舎ってよそ者は基本排除ですからね~)もちろんお断り、したそうです。見ず知らずの人をいれるのは確かにね、いやかもしれないけれど…都会の惨状があったことを学んでいるこちらとしては、「田舎者って徳がないね…排他的で」と思いましたね…
でも、昔(いつだろう?)小屋に泥棒が入って着物が盗まれたことがあるそうです。時系列はわからないけど、まあ、見ず知らずの他人を入れたくない気持ちもわかりますが… でもね…
●終戦時30過ぎだった父方の祖父
・戦争の話はあまりしなかったそうです。終戦までは職業軍人だった人。
中国に出兵していたそう。補給部隊として走り回っていたらしい。配属の部隊は人体実験をしていた悪名高い731部隊。配属されていたのか、関りがあっただけなのか…?
●終戦時10歳前後のおじいちゃん
・同級生が空襲で死んだ。布団を背負って逃げていて、布団に火が付いた。布団を捨てればよかったのに、背負ったままで…そのまま焼け死んでしまった。
・戦地で女性をレイプしたりどうのこうの(これは伝聞だそうです(誰の?)。朝日新聞の連載であったんでしょうかね。朝日新聞は創作記事なども載せてまで日本を悪くみせたかったようなので…。戦中の日本兵のレイプが全くなかったとは思いませんが、日本軍は規律をよく守っていたようなので組織的にというものはないだろうと思います。)
・原爆が落ちたおかげで戦争が終わった
このおじいちゃんは、「侵略戦争をした日本が悪い。本当に悪い。」という立ち位置ですべてを話してましたね。終戦時このあたりの年齢だった人はそういう立ち位置がそこそこいるように思います。
戦地に行った人は良い、悪い、というジャッジをしません。
女性は苦労話を、男性は…なんかね、若干力が入って話す人もいます。
戦時中は高揚感をあおっていたはずなので(軍歌も明るく華やかで力強いですよね)そんなのを思い出すのでしょうか。男の子は戦争ものが好き(戦いごっこ、銃や剣のおもちゃが好きですし勝負事が好きですからね)というのもあるかもしれません。
敗戦後の教育は「日本が悪かった~~~~~」と教え込まれるわけですから、終戦時の子どもたちは「無謀な侵略戦争をしかけた極悪な民族」だと教え込まれたのでしょう。結構、偏ってますよ。あ、今もそんな歴史観で教えているのかな?
*私は、日本が侵略していたという悪い部分もあると思いますが、侵略・植民地戦略をとっていたのは欧米諸国も変わりないですしね…。日本の開国が、不平等条約に端を発していますしね…。欧米諸国のアジア侵略を許し、日本も辛酸をなめることになろうとも(文化の破壊を受けようとも)、戦争を回避する選択はあったはずですがそれをせず対戦に踏み切ったのもどうかと思います。(結局、空襲で多くの日本の文化は破壊されましたからね。資源も乏しい島国の戦なので国民は辛酸なめまくりでしたしね。)でも、世界の情勢が戦争に傾いていた…日本がどう巻き込まれずに済んだのか?というとかなり難しいと思います。ハワイの博物館に、ハワイ王国の国王が、日本の皇族と婚姻関係を結んで関係を強化し、アメリカの侵略を阻止しようとしていたという記載があるオブジェもありますよね。
原子爆弾については、これは全くの実験ですよね。仮に、広島の原爆だけであれば、「戦争を終わらせるために!」という理屈も100歩譲って認めますけど…なぜ長崎に違う種類の原爆を落としたんでしょう?
ウランの原爆と、プルトニウムの原爆、2種類落として威力の違いをみてみよう!という実験に他なりません。あと、市街地、市民をもろに巻き込んでいるので、戦争のルールも大きく違反している。第一、広島に原爆を落とさなくても、敗戦は目に見えていた。敗戦を受け入れる前に、ソ連に先だって原爆を落とさないと!!!という…
日本は悪くない!良いことをしてたんだ!とは言いませんし、私は戦争のあたりの歴史が大嫌いなので、勉強不足ですが、このように思っています。歴史観にはいろいろあると思いますのでこちらはコメント欄で話をするつもりはありませんのでご了承くださいm(__)m

あ、終戦間際に燃えた国宝、名古屋城。

金のしゃちほこを疎開させるために、木の足場をつくっていたそうですね。

空襲で燃えたのですが、ものすごい炎だった、と、名古屋にお住まいだったというおじいちゃんが教えてくれました。

徳川御三家の国宝名古屋城。さぞ立派だったことでしょう。残っていれば日本のまさに誇れる宝だったはず…。
ついぞ70数年前にはあったはずなのに…。本物の名古屋城を知っている人が今もいるのに…

と、思うと、戦争は本当につまらないものだと思います。

アフガニスタンで、シルクロードの時代の壮大な石の建造物も、破壊していた組織がいたなあ…。あれがあれば、内戦が終わった国で、観光名所として復興の柱になったかもしれないのに…。

※「誰にとっても正しい歴史」は存在しませんし「どうとっても正しい歴史」はないと思います。「歴史を学ぶことは未来をつくること」だと思います。
(私は歴史は嫌いなので逃げていますが…)
私の記事はあくまでも、私がそう思っていること、聞いて思い出しこと、です。どうぞ、全ての若者には、歴史を自ら学び、調べ、考え、より良い未来を選択して、作ってくれることを願います。自虐史観も英雄士観でもなく、未来を築くために公正で建設的な目を。

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